『冬時間のパリ』

現代の閉塞感を主題としていて興味深いところもあったのだが、『パーソナル・ショッパー』の唐突なオカルトチックな終わり方は、『イルマ・ヴェップ』や『デーモン・ラヴァー』のキッチュなハッタリ感に通じるものがあって、久しぶりに観るけどオリヴィエ・アサイヤス監督やはりちょっと変わったところがあるなと感じた。それで同じくレンタルビデオ店に置いてあった『アクトレス 女たちの舞台』をレンタルするのを躊躇っていたら、店から引き上げられていた。

しかし、少し前に渋谷の文化村のル・シネマで公開されていて知人に勧められて観た『冬時間のパリ』が面白かったので、近年進んで観てなかったアサイヤス監督の他の作品も観てみることにした。『冬時間のパリ』は近年韓国のホ・サンスにそのいいところを持っていかれがちだったフランス映画の一つの特色である会話劇でもあるし、社会やテクノロジーの変化へのそれぞれの態度の取り方など見所たくさんの映画になっていた。教えてくれた知人に感謝している。

その後『夏時間の庭』と『クリーン』を観るとなかなか堂々とした作りの作品でこういう作品が『冬時間のパリ』に繋がったのだと合点した。侮ってましたアサイヤス、ちょっとアサイヤツと思ってた訳じゃないのだけれども。

『クリーン』は現在はシネマノートやキネマ旬報で映画批評、レビューをしなくなった粉川哲夫氏がシネマノートで、薬物摂取という観点から面白い考察をしているのだが、僕は新自由主義と制御社会が今ほど進行していなかった時代の自由人の生や焦燥感が描かれていていたところに感銘を受けた。粉川哲夫氏の考察は『冬時間のパリ』に出てくる問題にも置き換えられるだろうか。

80年代、90年代、00年代、10年代などとすっぱり分けるわけにはいかないだろうが、それぞれの時代の空気というものはあって、歌で生計を立てようともがくマギー・チャン演じるエミリーや周りの人々は少し前の空気を体現している。それ一色という訳では無くシステムに順応している新しい世代や環境との対照もあるのだが。その辺りは『冬時間のパリ』で皆が時代の波に飲み込まれそうになっていたのとはちょっと違う。『クリーン』は少し前の作品なのだが少し寝かせて時間が経ってから興味深い視点で観られたように思う。

 

この映画ではブライアン・イーノの曲が何曲か使われていた。当時ロック寄りの音楽を作っていたトリッキーが本人役で出ていて、マギー・チャンも劇中でなかなかいい声を聴かせている。ブライアン・イーノの音楽はどの時期のものも、どう使っても良さそうなのだが、アサイヤスの使い方は次第点といったところだろうか。映画でのポピュラーミュージックの使い方はゴダール、ヴェンダース、ジャームッシュ以来ハッとさせられるものはそんなにはない。ブライアン・イーノといえばデヴィッド・バーンとの共作アルバム『ブッシュ・オブ・ゴースツ』をロブ・二ルソンが『ヒート・アンド・サンライト』で印象的に使っていた。

『夏時間の庭』は親の家が手放されることになる過程を描いていて、こちらは主題として時代の移り変わりを描いた作品だと言える。個人的には愛媛の亡くなる前の祖母を介護施設に訪問した後に、肱川の河口と海の近くにある祖母の家に一人で滞在したことを想起した。一人で海で泳いだり、川岸に座って星を眺めたり、祖母の畑が使えそうか調べたり、登山道じゃないところから山に分け入ったりした。今はその伊予長浜の家も売られて滞在することは出来ない。だが子供の頃親戚が多く集まった記憶や、祖母がまだ家に住んでいた頃に訪問した記憶は残り続ける。

『夏時間の庭』と『冬時間のパリ』にはともにギョーム・カネとジュリエット・ビノシュが出演していてビノシュは近年の『コズモポリス』や『ハイ・ライフ』での怪演とは違う自然な演技で癖のある女性を演じている。『アクトレス 女たちの舞台』もそのうち観てみようと思う。ギョーム・カネはあのマリオン・コティヤールの夫で映画監督でもあるみたいなのだが監督作品はまだ観たことがない。

アサイヤスが思っていたより色んなタイプの作品を撮ることが今回分かったのだが、シーンを細かく切ってテンポよく並べていくところは、ロメールというよりはトリュフォーの早いテンポの方の作品を思い起こさせた。アサイヤスはこのフランス映画のある種の傾向に沿って今後映画を撮るのだろうか、それともひょっとするとまた別の階級を描いたりするのだろうか。

『夏時間の庭』は優雅な映画でもある。遠方から子孫が集まって広大な家や美術品を売るための話し合いがてらその家で食卓を囲んだりする。最後は売られる直前の家で孫の友人が多く集まってのパーティーだ。祝祭の時間もまたあるだろう。今は疫病の時になってしまったが。

『冬時間のパリ』は現在地方の映画館で上映されてる模様なので地方の方は映画館で観てみるといいかもしれない。映画館の換気は法律で一般事務所の10倍の換気が義務付けられているらしいので周りとの間隔を空ければ風邪は移りにくいようだ。